裏方の生き甲斐(劇場音響技術者教書:兼六館出版から)


民衆はなぜ劇場にわざわざ足を運び、芸能を楽しむのでしょうか。

 

人間には、5段階の欲望があると言われています。

  • 1段階は生存の欲望であり、生きるために食べることが最優先です。
  • 2段階は種族保存、子孫繁栄で、ここまではすべての生物が持っている本能です。

次からは人間だけの欲望です。

  • 3段階の財産保有欲。金銭欲、物欲などでしょうか。
  • 4段階は社交欲です。みんなと交流する喜びを持つことです。カラオケ、居酒屋、そして劇場に行くことです。楽しいこと、嬉しいこと、美しいこと、感動すること、おいしいこと、心地よいことなどは、次は誰かと一緒に体験したい、誰かに教えてあげたいと思うものです。みんなで共有することで、喜びを大きくしたいのです。この欲望は1~3段階の欲望を超越したもので、空腹でも、貧しくても欲しくなるものです。食費を削ってでも歌舞伎の高額のチケットを買う人もいれば、倹約して海外へオペラ鑑賞に出掛ける人もいます。

 

ヨーロッパの戦後は、最初に建てられるのは教会と劇場と言われています。

アフガニスタン紛争が終わったときも、すぐに映画館がオープンし、そこに民衆が殺到しました。

ニューヨークの9.11同時多発テロの直後も、ブロードウェイではミュージカルを上演していたのです。荒廃した心、傷ついた心を癒すためです。

人間は希望を失ってしまったらおしまいです。その希望を与える力を持っているのが演劇であり、コンサートや映画など、さまざまな芸能です。

 

  • 最終の5段階目の欲望は「ひとを喜ばせたい、感動させたい、幸せにしたい」ことです。料理人も、芸人、そして舞台のスタッフも、この欲望を満たすために仕事をしています。観客の喜ぶ顔を見て裏方は喜ぶのであって、この喜びを求めて裏方をやっています。

 

舞台で演じられる芸能は「祭り」であり、出演者は「みこし」で、それを担ぐのは裏方です。裏方は全員、足並みを揃えて俳優やミュージシャンを担ぎ、自分たちも楽しみ、そして民衆を楽しませます。

演劇も音楽も、観客に向けてメッセージを送ることは大事ですが、同時に娯楽でなければなりません。芸能は、観客をリードし観客を教育する面もありますが、それに傾きすぎては恐いです。

また、観客の厳しい眼は芸能を育てる大きな力になっています。